ときめきの「ギンバイソウ」

残暑、残暑、残暑、の日々ですが、それでも朝夕は秋の気配を感じるようになりました。

2023年前期のNHK連続テレビ小説『らんまん』が、あと2週間ほどで終わってしまうことを、とても淋しく思っている昭和蠍座生まれのAYです。

実はこれまであまり朝ドラを視てこなかったのですが、今作ばかりは毎話欠かさず、おおむね通勤中にオンデマンド配信で視ています。
便利な世の中になりました。

なぜ急に熱心に視はじめたのかというと、『らんまん』の主人公である「槙野万太郎」は、日本における植物学の基礎を築いた牧野富太郎博士がモデルで、大学で植物形態学を専攻していた私にとって神様のような存在だからです。

私が師事していた先生も、牧野博士の功績の素晴らしさを折に触れ学生に伝えていました。

そんな牧野博士がモデルの槙野万太郎(演じているのは神木隆之介さんです)が、第14話でお顔を紅潮させて「ときめき」と見つめた植物こそが、タイトルに掲げた「ギンバイソウ」。

こんな花が咲きます。

「ギンバイソウ」を漢字で書くと「銀梅草」(カタカナ表記は和名です)、うつむきかげんに咲く白い花の径は2cmほどで、花弁は5枚、まるで梅の花のようであることから、名付けられました。
関東以西の本州、四国、九州の山地のおもに沢沿い、湿った斜面に群生する多年草で、花の時期は7-8月です。
東京も奥多摩の山地に自生しています。

『らんまん』の万太郎くんがこの花の標本を見て前述の言葉を発したとき、私は大興奮しました。
なにを隠そう、この「ギンバイソウ」は私の卒業研究の材料だったからです。

伝記ではなくドラマですから、描かれているエピソードは事実に基づくものばかりではありません。
つまり、実在の牧野先生が「ギンバイソウ」を「ときめき」とおっしゃったのかどうかは定かではありません。

ですが、私が大学研究室に在籍した2年間、この身を賭して(顕微鏡で)見つめた植物が、牧野先生をときめかせたかもしれない。

そんな夢想が私を興奮させました。

この放送をきっかけに、「ギンバイソウ」への思慕に駆られた私は、ひさびさにその可憐な姿を見たくなり、インターネットで「ギンバイソウ」を検索。
(すぐに見に行ける場所には生えていないので……便利な世の中になりました。)

すると衝撃の情報が。

私が研究していた時分、「ギンバイソウ」の学名は「Deinanthe bifida」で、「Deinanthe」=「ギンバイソウ属」に分類されていました。
(学名は二名式で、前の単語が属名、後ろの単語が種名を表します。)
「ギンバイソウ属」は1属2種の小さな属で、日本にはこの「ギンバイソウ」1種のみ。(もう1種は中国に自生)
私はこの植物のそんな希少さも愛していました。

しかしながら、この30年弱の年月のあいだに植物系統分類の研究が進み、「ギンバイソウ」の学名は「Hydrangea bifida」に変わっていました。
つまり、「Hydrangea」=「アジサイ属」に分類が変わってしまったのです。

「アジサイ属」は世界中に分布し、日本では梅雨の時期に見事な装飾花(※注1)を咲かせる原産種「Hydrangea macrophylla」=「アジサイ」を筆頭に、ポピュラーな種を多く含む属です。

いえ、まったく予想できなかったことではありません。
私が卒業研究をした30年前から、アジサイの仲間の分類については議論があって、私もその議論の末端を担う内容を卒業研究のテーマとしていたのですから。

ただ「Deinanthe」、ラテン語で「不思議な花」の意味をもつギンバイソウ属がなくなってしまったこと(※注2)は、『らんまん』が終わってしまうこと以上に、淋しい気持ちでいっぱいです。

AY

※注1)アジサイの赤紫色や青色の花びらのように見える部分は正確には「がく片」で、装飾花と呼ばれます。
※注2)現在、旧学名の「Deinanthe bifida」はシノニムとして扱われています。

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